その昔、魏石鬼八面大王(ぎしきはちめんだいおう)という世にも優れた怪力無双の首領が安曇野を治めていました。全国統一を目指す中央政権は、東北に侵略を進めるにあたって、信濃の国を足がかりとし、たくさんの貢物や無理難題を押し付け、住民を苦しめました。住民を守るべく立ちあがった大王は、坂上田村麻呂率いる軍勢とひけをとることなく戦い続けました。
しかし、女、子供まで巻き込み、村々次々と焼き払われていく様子に追い詰められた大王は、わずかばかりの部下をともない、有明山のふもとの岩屋にたてこもりました。
その後も力の限り戦いましたが、ついに山鳥野尾羽出作った矢に当たり倒れてしまいました。
八面大王があまりにも強かったため、再び生きかえらぬようにと遺体は方々に分けて埋められました。
当農場の一角には胴体が埋められていたと言われており、現在は大王神社として祀られています。
「大王農場」の名前も、この故事にちなんでつけられたものです。
八面大王は大王農場の守護神であり、安曇野を守った勇士でもあります。
彼の中に潜む強靭でありながら、人を愛する温かい心は、大王農場を訪れる全ての人々の中にきっと伝わっていくことでしょう。




幸いのかけ橋を渡り、すぐ目の前にある開運洞。




